倫敦そして巴里へ |
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この年の4月から友人がロンドンに留学した。『一度遊びにおいでよ。案内するから。』そう言われてその気になった。折角だからロンドン以外の街にも行こう!ってことにもなった。出来るだけフリーな時間の多いツアーを選んで友人の都合に合わせたのだが、結果的に、その友人とは夕食を1度食べるだけで終わってしまった。 ロンドンまでは空路13時間。日本との時差9時間。これは意外に堪えるもんなんだな。 ロンドン・ヒースロー空港到着はグリニッジ標準時午後3時過ぎ。冬のロンドンは晴れないと言われるようにわれわれが着いた日も曇り。われわれの滞在中にこの重苦しい空が晴れ渡ることはなかった。気温はさほど寒くない。初日はそのままホテルに直行。ロンドン滞在中に必要な手続きをして、その晩は、コンビニで仕入れた怪しげな食事ですませてしまった。宿泊はフォーラムホテル・ロンドン。 翌日は市内観光がセットされていた。午前中にバッキンガム宮殿、ウェストミンスター寺院、パーラメントを外から眺め、昼食はフィッシュ&チップス。かつて流れていたローバー・ジャパンのTVCMで、「この国でみなさんをおもてなしできるのは、フィッシュ&チップスとローバーくらいでしょう。」なんてのがありましたが、イギリスの方が見たら怒るんじゃないかな。 午後から大英博物館へ。はっきり言ってここは半日では回れない。とにかく、広いし、展示物も多いし、2〜3日腰を据えて見てみたいものである。この日は、ロゼッタストーン(写真)とかミイラとかの古代エジプト関係の展示物やマグナ=カルタの写しとかを見た。でも、古代エジプトの遺跡から出たものや中東や中国のものが、ロンドンの博物館にこんなにたくさんあることに少々違和感を覚えた。(パリのルーブルでも同じ感じを受けた。)でも、入館無料はいいね。 博物館を出たところでティータイム。後はフリーとなり、ピカデリーサーカスまでぶらぶら歩いて、タワーレコードをひやかしたりして帰った。 翌日は終日フリーだったため、まず、ロンドン塔へ。なんと、チケット売場に列。でも、フォーク型の列ならびって合理的だね。ここは、かつてイングランド王の居城だったということだが、結構広くていろんな展示物があって、意外に楽しめた。中世の人々の暮らしぶりを示すものとか、甲冑とか。石造りの家?ってのは暗いんだな。雰囲気がどうも辛気くさい。って石造りに限らないか、"城"だからかな。それとも、牢獄として使われたこともあったからかな。 つぎに、ロンドンダンジョン。すごい列列列。イギリス人も列なしてならぶんだね。でも、入ったはいいが英語の説明のみ。だいたいのことはわかっても細かいところがわかんなくて悔しい思いをした。もっと、えーご勉強しなきゃ。そう、出口近くに血が滴る生首人形が乗っているテーブルがあって、その前に座ったねーちゃんが(イギリスの人だと思う)うまそうにハンバーガーをほおばっていた。 そのあとトラファルガー広場へ。そして、ナショナル=ギャラリー。(ここも無料) この日の晩は、"ミス=サイゴン"を見るようにセットされていた。始めの予定では前日のはずだったのが、ロンドン到着後にこの日に変更になってしまい、友人と食事をすることにしていたわれわれは、残念ながらこれはキャンセル。その友人とは、ちょっとしたレストランで歓談。楽しいひとときであった。 翌日、パリへ移動。今度はガトウィック空港からのフライトとなった。朝早くて眠い。 約1時間でパリ・シャルル=ドゴール空港に。着陸して驚いた。なんと嵐の様な雨。道理で揺れた。 パリは明るい。ロンドンから来たせいもあるのか、パリの町は妙に華やいで見えた。パリ市内に着く頃には雨も上がり、取りあえずエッフェル塔。で、昼食。ノートルダム寺院へ。改修中であった。その後、オペラ座界隈をぶらつく。 翌日は半日ツアーがセットされていた。フランス人ガイドのクロードさんがホテルにお迎えにきてくれる。なんと、メトロで移動。サン=ジャックの駅でカルネを買う。こいつは10枚綴りの回数券なんだけど結構便利。で、先に買ったおいらは改札を抜けてトイレの前で待っていた。と、モップとバケツを持った黒人青年が前から歩いて来る。『あ、掃除するんだな』と思い場所を移ろうとした瞬間。「ニーハオ」で、場所を空けたおいらの背中に「シェイシェイ」と。周りで同行者がくすくす笑っている。おいら、すっかりチャイニーズに間違われてしまったようだ。『こんにちは』『ありがとう』だろ。心の中で思ったおいらでした。 モンマルトルの丘をサクレクール寺院(写真左)とは反対側から登る。これがユトリロが絵に描いた景色だよとか、これがムーランドラギャレットの舞台だよとか。でも、クロードさんの言う「ユトゥリィリィヨォ」ってのがユトリロのことだとわかるのにしばらくかかってしまった。坂を上りきったところにテルトル広場があって、ひょいとサクレクール寺院の横に出た。 午後からルーブル(写真右)に行った。ここも半日で回りきれる代物ではない。とにかく広い。ま、昔の宮殿だからね。ここで、カルト=ミュゼを買う。これは、パリ市内の主だった美術館・博物館の共通入場券で、重宝だ。お目当ては、サモトラケのニケ、ミロのヴィーナス、ナポレオン戴冠式、そしてモナリザ。さすがにモナリザの前は人だかりがしていた。ところが、ナポレオン戴冠式がどこを探してもない。おかしーなー、と思い係員に聞くと向こうにあると指さす。その向こうって方向から探しながら来たのに。仕方なくしばらく戻って別の係員に聞くと、その絵は今は公開していない、と。ちゃんと教えてよねー。とーよー人だからって適当にあしらわないでね。まー広いので途中でお茶しながら見学。(館内にカフェがある。) その後、ルーブルからシャンゼリゼを通って凱旋門までお散歩。通りにあるカフェに「どぉいたしぃまして」とか声をかけられ目が点。『よっていらっしゃい』って意味かなと思い直し、ボーイさんがお茶目だから寄っていくことにする。コンコルド広場にあった仮設風観覧車。すごい勢いでずっと回りっぱなしで、どおやって乗り降りするんだろう。 この晩は、セーヌ川のディナークルーズを予約しておいた。一旦ホテルに戻り、スーツに着替えてニッコー=ド=パリへ。(われわれのホテルは、プルマン=サン=ジャック)エッフェル塔の下から船に乗る。シテ島の先まで行って帰ってくるコース。しゃれた船内に薄暗い証明が雰囲気を出している。夜のパリの景色を見ながらの食事は風情があった。クルーズも終わりに近づいたころ、ノリのいいバンドのリズムに合わせて、船をくるくる回転させて場を盛り上げたりもしていた。 翌日、ヴェルサイユ宮殿(写真)に行った。ヴェルサイユは言わずと知れたルイ14世造営の大宮殿。パリ郊外11km程の所にある。メトロからRERに乗り換えて30分程。いやー、RERの切符を買うのに苦労した。自販機の前で。 ヴェルサイユ駅を降りて宮殿の前庭の入口まで数分。そこから正面入口まで5分。宮殿の建物の向こう側に広大な庭園が広がっているハズである。う〜ん、広い。入口は長蛇の列。が、カルト=ミュゼを持つわれわれは列を後目に簡単に入場。しかし、中は混んでる混んでる。ま、駅(東京のターミナル駅なんか)のラッシュ時の通路並。で、鏡の回廊へ。そうそう、ここここ。ドイツ帝国戴冠式。ヴェルサイユ条約調印式。仏独因縁の回廊なのだ。となりの部屋にあるナポレオン戴冠式の絵はしっかり見られました。ガイドをつけないで回ると見られる所は非常に限られている。ガイド有りだともっともっと見せて貰える。でも、日本語のガイドはなかった。 パリ市内に戻って次はオルセー美術館。印象派の絵画が集められていることで有名。さらに、かつての鉄道の駅を美術館に改装したというユニークさ。なかなかしゃれている。ここも列ならびがすごく建物沿いに延々と並んでいた。しかし、カルト=ミュゼは偉大である。並ばなくとも入れてしまうのである。もちろん、ヴェルサイユでもオルセーでもカルト=ミュゼは買えるが、前2者とルーブルの3つを比較するとルーブルで買うのが一番効率がよいようだ。 この日の夕食はラーメンでも食べてみようってことになって、オペラ座にほど近いラーメン屋へ。(名前は失念)ん〜、なんだかスープが大量にあるスープスパを食べてるような感じで、不思議なラーメンでした。日本語が通じるのはうれしいんですけどね。 さて、最終日。後は日本に帰るだけという時になって、不覚にも発熱してしまい非常に苦しい帰国となってしまった。トランジットのヒースローでは、BA利用の客だけが利用できる免税店の充実したターミナルも熱でうなされた目で眺めるだけ。帰国便がすいていたことがせめてもの幸いで、乗務員の方に4人分のシートを占有させていただけるよう取り計らっていただいた。日本に帰ってもなかなか熱が引かず、イギリスの風邪はイギリスのクスリでなくちゃ治んないんじゃないの、とまで言われる始末。 まだまだ行ってみたいところが目白押しのロンドン・パリ。今度は夏に。 |
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