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青崩峠・兵越峠


 R152(国道152号線)というのがある。
 浜松市を南北に貫いて長野県にいたり飯田市で他の国道と合流して終点となる。静岡県や長野県にお住まいの方はご存じの方も多いと思うが、地図をつぶさに見てみるとこの国道は静岡・長野県境で分断されていることが分かる。クルマの免許を持つ以前から気になっていた。ついでに言うと、小学校、中学校時代に社会の授業で使っていた地図に描かれていた鉄道の輪になった部分、群馬・新潟の県境には2つも現れる、これは一体なんだろうと思っていた。後年、訪れることがあって、これだったのかと合点がいったわけだが。ループ線と言うらしい。

  閑話休題。R152の話である。静岡・長野の県境で南北に分断されているこの国道、予定ルートの青崩峠付近の中央構造線の上にあり地勢が悪く、峠を挟んで直線で2〜3kmのところまで作られたところでもう長い年月工事は止まったままになっている。行ってみると分かるが、静岡県側はそんなに悪いようには見えない。しかし、長野県側に回り込むと至る所に崩れやすい青っぽい崖が見え常に砂防工事が入っていて崩れやすいことが分かる。青い崖が青崩峠の名の由来だ。


 さて、前振りが長くなったが、この5月に久しぶりに青崩に行ってみた。以前、何年前だったか忘れてしまったが一度行ったことがあった。午後も遅い時間に着いたので、国道終点(草木トンネルが出来た今となっては、池島から先は国道ではないのかも。)でUターンした。さらのその先に未舗装の道路が続いていた。この日はその未舗装を終点まで行ってみようということなのだ。

 R152は浜松の市街地を抜けると遠州平野を突っ切って天竜川が山間部に入っていくところで橋を渡りトンネルをくぐる。くぐった先が浜松市二俣町。鎌倉時代の文献にも登場する由緒正しき谷口集落だ。が、水運が廃れた今となっては昔日の面影はない。道はさらに北上する。天竜川に沿ってたんたんとさかのぼっていく。竜川、龍山とすぎても二車線の立派な道が続く。旧佐久間町西度からは天竜から離れ支流の水窪川に沿ってさかのぼることになる。道が細くなり谷が深くなる。突然鉄道の橋梁が現れて面食らうが飯田線だ。こんなに山深いところによくぞ鉄道(しかも電車だ!)を通したものだと思う。途中、鉄ちゃんには有名なS字橋の脇を通る。(これについては後述。)まもなく水窪だ。

  青崩峠には翁川に沿ってまっすぐ北に向かう道を進む。しばらくはたんたんと進むがしだいに傾斜がきつくなりどん詰まりに集落が近いことを感じさせる。S字カーブを登ると突然視界が開け池島の集落に着く。この先国道はいきなり高規格の高架橋となって深い谷をまたいで右手の山の中へ消えていく。青崩へ野道は高架橋の手前を右手に入り、その横をすり抜けるように谷沿いに奥に進んでいく。左手に高架橋を見ながらしばらく進み(図1)、その下をくぐると一気に傾斜が急になる。非力なクルマでは登坂が困難ではないかと思われるほどの坂道だ。しばらく進むと足神神社が現れる。足の病や怪我に霊験あらたかといわれる神社だ。往きは素通り。相変わらず急な坂道を登り続けると駐車場風に道が広くなって舗装道路が途絶える。ここから樹林の中に青崩峠に登る登山道が伸びている。(図2)以前はここまで来て引き返した。

 未舗装の道路に踏み込む。ほとんど通る車はないらしく、道の真ん中が降雨時の水流のために深くえぐれている。慎重に通らないと腹をこすってしまう。歩くようなスピードでじりじり登っていく。途中、路肩が大きくえぐれてガードレールが浮き上がっている箇所がある。その付近の路上にはツキノワグマほどの大きさの岩がいくつも転がっている。右側の斜面をからの落石に違いない。あまり気分の良い光景ではない。素早く通り抜けたいが、路面が悪くスピードを上げられない。ほどなく林道終点に到着する。クルマの向きが変えられるように少し道幅が広くなっている。が、突然と言った感じで道は途切れクルマは先に進めない。道標を見ると、青崩方面への登山道の他に兵越峠への登山道もついている。(図3)

 林道終点には、クルマ回しのため駐車禁止との看板があったが(ごめんなさい)、他にはクルマはなく、平日の午後ゆえ他には来るクルマもなかろうと峠まで歩いてみることにした。道標には5分とあったが、もう少しかかるものとみて、飲み物と甘いものを持って山道に踏み込んだ。(図4)が、5分どころかほんの2〜3分であっけなく峠に着いてしまった。樹林の茂る見通しのきかない地味な峠だ。(図5)古くから遠江と信濃を結ぶ塩の道のクライマックスはじつに素っ気ない峠だった。展望のためか木材で作ったテラスがしつらえてある(図6)。稜線伝いに熊伏山まで行けるらしくしっかりとした道形が西の方角に延びている。ちょっと考えて、少し信濃側に降りてみることにした。信州側に降り始めると、ここに道路が通せない理由の一端が分かるような気がした。穏やかな遠州側とうって変わって信州側は斜面の崩落が激しく、谷も深く山を削っている。水窪林道を走りながら何故この先が作れないのかと不思議に思ったが、これを見て合点がいった。

 再び林道終点まで戻ると来た道を足神神社まで降りた。自分は今のところ足に病気やケガはないが、この日の少し前に行われたキリンカップで負傷した(左膝の前十字靱帯を切った)某選手のためにお祈りしてきた。池島まで戻り、ちょっと迷ったが、草木トンネルを越え兵越峠まで登ってみることにした。

 草木トンネルの前後は高架橋になっている。(図7)トンネル本体は2kmくらいだろうか?トンネルを抜けたことで翁川筋から1本東側の草木川筋に渡る。(翁川も草木川もいずれも水窪川の支流)草木川の作る深い谷の中腹に草木集落があるわけだが、トンネルはそのすぐ上に出てくる(図8)。草木集落をやりすごしてさらに登っていくと道は少し緩やかになり、周囲の傾斜もゆるく峠が近いことを思わせる。前方が開けてくると兵越峠は直ぐそこだ。ここも展望はきかない。広葉樹の間の峠だ。水窪側から上がっていって道路の右側の一段高くなったところにかつて峠の茶屋があったが、今は建物をも取り壊されて跡形も無くなっている。少し進むと左手に広場が現れる。ここで年に一度、峠の国盗り綱引き大会が行われる。旧水窪町と旧南信濃村対抗で始まった綱引き大会で、勝った方が国境を1m相手方に押し込めるって趣向だ。(もちろん、行政上は何も変えないが)もう20年ほどの歴史があるハズだ。(図9)水窪は浜松市に南信村は飯田市に合併されてしまったが、合併後の昨年も行われていたので、これからも継続されていくのだろうと思う。

 帰路は水窪川沿いに降りようと思ったが、途中通行止め箇所があったために引き返す羽目になってしまった。やむなく、再び草木トンネルを通って水窪に降りた。水窪の中心街は意外に家が密集している。初めて訪れたときにはかなりビックリした記憶がある。『結構なお街ぢゃん。』って。その市街地を見下ろす場所にJR飯田線の水窪駅がある。(図10)あまり知られていないが、この町に鉄道がやってきたのは飯田線全通の時ではない。全通したころの飯田線は今の中部天竜駅(旧佐久間町)からそのまま天竜川に沿って北上していたのだ。水窪川水系の水窪は路線から外れていた。昭和20年代になって佐久間ダムを建設することになり、飯田線の線路を付け替えなければならなくなったときに、いっそのこと水窪を通そうかって話になって現在の路線になった。で、その路線の付け替えの際に例のS字橋が誕生したわけだ。城西駅を出た列車は直ぐに水窪川を渡って左岸に移る。そのまま左岸通しに水窪駅まで線路を付けたかったわけだが、途中、地盤の悪い箇所を避けて右岸側に渡りかけ、ところが右岸には民家が密集していて線路を付けられず、直前で蓋民向きを変えて左岸に戻っていく。まことに不思議な光景だ。(図11)せっかく写真を撮るなら電車が走っている方が絵になると思い。少々待って撮った。(図12)あとは来た道を帰るだけ。北遠ショートトリップが終わった。
 




青崩・兵越!(2006.5/15撮影)
図1。草木トンネルに向かうR152。池島側の高架橋。青崩峠に向かう道路から見上げる。

図2。舗装道路が尽きるところから始まる青崩峠に向かう登山道。峠までは10分ほど。林道終点からの道はここから始まる道の途中に合流する。
青崩・兵越!(2006.5/15撮影)

図3。林道終点。 右手に兵越峠に向かう道がある。青崩峠には画面左隅の立木の左側(フレームアウトしている)に下る道がある。

図4。林道終点から1分ほどの地点。良く整備された道が峠に向かっている。鳥のさえずりしか聞こえない。なかなか良い感じだ。

青崩・兵越!(2006.5/15撮影)
図5。青崩峠のテラスから見る水窪方面。うっそうと樹木のしげる峠は展望がきかない。テラスの前だけ樹木が払われている。 図6。峠道に立つ標識。標高が1,000mを越える。かつての塩の道も今は歩く人も少ない。
青崩・兵越!(2006.5/15撮影)

図7。トンネルに向かう道路上。右手奥にトンネルが口を開けている。高速道路のように立派だ。

図8。草木集落。トンネルの東側の集落だ。トンネルが出来る前は、水窪川沿いを延々と走り、急な斜面をはい上がらねばならなかった。

青崩・兵越!(2006.5/15撮影)
図9。兵越峠に立つ看板群。国境の立て札は峠の綱引き大会のためのもの。わざわざ"行政の境に非ず"と但し書きがしてある。 図10。水窪駅頭からの水窪の街。画面手前の橋は水窪川に架かる橋。
青崩・兵越!(2006.5/15撮影)
図11。いわゆるS字橋。鉄分の高い人たちには結構有名。左岸から右岸に渡る寸前で折り返して左岸に戻ってしまう。

図12。同じくS字橋。もう少しはっきり分かるアングルで撮るべきだったか。

青崩・兵越!(2006.5/15撮影)

[2006年5月31日記]